代表者経歴

佐藤 真也(サトウ シンヤ)
1971年8月生まれ 乙女座 O型


好奇心旺盛で「何でも見てみたい!」は学生時代から

 板橋区にある城北学園で六年間の男子校生活を送り学習院大学へ。中学時代からの軟式テニスを体育会で続けながら、植木屋、家庭教師、イタリア料理店、居酒屋、デパート食品売場など十数種のアルバイトを経験しました。学校や体育会の休暇には、関東や北海道の百名山を登破したり、アジア各国やトルコをバックパックで旅をしたり、自転車で北海道一周、ヒッチハイクで山陰・四国を旅したり…。

 好奇心旺盛で「何でも見てみたい!」は学生時代からで、常に新しいヒトモノコトに飢えていたようです。大学(ちなみに経済学部経済学科)ではあまり勉強しませんでしたが、大学の友人やバイト先・旅先で出会った人達とお酒を酌み交わしながら語り合えたことは、貴重な体験です。


商社マンになるはずが・・・

 たくさんの商売ができ海外にも行けそうな総合商社をメインに就職活動し、歯車の一部になってしまいそうな巨大な財閥系ではなく独立系総合商社で当時一番大きかった阪和興業に1994年4月に入社しました。若手でも活躍できるところでまずは「営業力」を身につけようと考えました。

 採用段階ですでに自分の性分を見抜かれていたようで、同期で一人だけ新規事業の部署に配属となり、すぐに子会社に出向を命じられました。最初から仕事が用意されていた訳ではなく、『仕事は自分で創るもの』と。最初は何も仕事がなくあせりましたが、上司が気にかけて自分の仕事を回してくれアドバイスをくれたおかげで、「営業」の仕事を自分なりのやり方でできるようになっていきました。

 どんな小さなことでも顧客からの問いかけに対して全力で応えていくことで、少しずつ信頼を得ることができました。パソコン販売からはじまり、通信カラオケの映像・音楽・文字色替えの制作や、ネット系のソフトウェアの開発やコンテンツ制作に関わるようになりました。ある会社は、外部発注する殆ど全ての案件を任せていただいたこともあります。その時期の月の売上は1億円。日中は打合せ、納品、顧客開拓で外出し、夕方から社内で制作物の検証がありましたので、帰宅は終電の毎日でしたが、趣味にも一生懸命でした。帰宅後には映画鑑賞や読書を、土日はスキー、スノーボード、サーフィン、キャンプを愉しみました。

 入社3年目には、子会社でマルチメディア系のソフトウェア開発・制作といった新規事業を成長させた功績で、親会社の阪和興業から上司と一緒に社長賞をいただきました。ですが、案件が増えていくにつれ制作以外の時間が増え、新しい企画を考えたり、モノ作りに関われる時間が減っていき、制作物に対しても効率性・生産性重視で、アイデアを盛り込んだり、クオリティを追求したりができないことに、少し不満を感じるようになっていきました。

 その頃から、人と話したり書籍や雑誌を読んで湧いてきた事業企画やアイデアをメモに残しておくようになりました。100個溜まったら1個くらいは、自分で独立起業するかどうかは別として、新しい会社ができるくらい良いプランがあるかもと漠然と考えていたのです。


起業。まずは毎日3人のクリエイターと知り合いになることから

 ちょうどその頃読んでいた沢木耕太郎氏の旅小説『深夜特急』の「ワレ到着セズ」の結末と、「・・・迷わず行けよ 行けばわかるさ」の猪木氏の言葉に背中を押され、「人生一度は独立して自分で商売をやってみたいし、失敗するなら若いうちに!」と心に決め、入社から4年半が経過した、27歳の1998年9月に退社しました。ちなみに自分でメモしていた事業企画やアイデアはまだ30個くらいで、コレッというものは1つもありませんでした。

 まずは情報収集のため、サラリーマン時代には忙しくて行けなかった著名人の講演会や数多くの展示会・セミナーに足を運びました。また優秀なビジネスパートナーと提携するため、毎日3人のクリエイターと知り合いになることをノルマにしました。 一つのことを一途にやり続けているフリーランスのクリエイターの方たちと交流するうちに、自分も新たな商売に手を出すより、今まで関わってきた仕事のなかで、「ディレクション」でプロフェッショナルになろうと強く思うようになりました。自らが主催したフリーランス・クリエイターのための異業種交流会「ECP(縁の下の力持ちプロジェクト)」は、参加者が100名を超すこともあるほどの人気交流会となり雑誌・書籍などで取り上げられました。

 幸運にも1999年3月より少しずつ定期的に仕事を受注できるようになり、1999年10月に事務所を江古田に開設しました。自分の売りは、レスポンスのスピード、小回り、24時間稼動できる若さであると確信し、8畳ほどの事務所に寝袋で寝泊りしながら仕事に没頭しました。この頃のメイン業務は、ソネット、スターツ出版、三越など大手企業のPC・モバイルのWEBサイトの企画とディレクションでした。


企画よりも制作の立場で

 大手企業との業務委託契約でWEBサイトを企画し、システム会社や制作会社に開発や制作をお願いする機会がありました。やりとりのなかでストレスに感じていたのが、「めんどうなことはお金を積まないとやらない」、「自社の効率と生産性優先」、「担当者が辞める時にきちんと引継ぎがされていない」ことなどです。そんな薄っぺらなパートナーシップでは、良いものができるはずがありません。とは言っても自分のまわりにいるフリーランスのクリエイターでは、技術は高くても、ボリュームがありプログラミングなど幅広い知識を要するWEBサイト構築を一人で短期間に仕上げることに無理がありました。そこで改めて起業した動機に重なっていくことに気づきました。つまり、「いかなるニーズに対応」「低価格」「高品質」「納期厳守」「提案」に応えるためには、人格と技術を兼ね備えたクリエイターを組織するしかないという確信でした。

 2006年からフリーランスのデザイナー・エンジニア同士がより密接な連携をとるために、週1・2日は事務所に来てもらい打合せと作業をする体制に変更しました。そこで大きく変わったことは、CMS・EC・DB関連のノウハウが日々蓄積されパッケージ化できるようになったこと、制作工程ごとに分業できるようになったことです。その結果、大規模サイトの構築が短期間でできるようになり、また制作者が自分の得意分野に集中できることでストレスのない制作環境となりました。

 次第にスタッフが増え始め、クリエイターの立場からディレクターとして制作統括できる人材も育ってきました。「自由なワークスタイルを貫いていくために、納期厳守・早いレスポンス・自発的な姿勢・協調を心がける」という弊社が理想とするワークスタイルをスタッフ全員が実践し、ヒーローガレージが、私個人の会社から、別人格の法人として成長しはじめました。ヒーローガレージの成長とともに新たに出てくる課題に応えるためには、自分自身も成長しなくてはなりません。創業10年目に、また気持ちを新たにできたことは、ラッキーでした。


お客様に近いところで、人が喜ぶものを作る

 法人向けのWEBサイト構築・運用やナレーション録音の売上は順調に推移していましたが、新たな映像制作も手がけるようになりました。

きっかけは2013年からはじめた、結婚披露宴の余興のメッセージビデオの編集です。

通常、挙式や披露宴のビデオ制作はパッケージになっていることが多いのですが、友人の有志によるメッセージビデオなどの余興用映像は、ほぼ友人たちが自力で作らないといけない状況なのです。
でも20代後半から30代前半にかけての人たちは、まさに会社で大きな仕事を任されはじめた時期なので、自分で映像編集のスキルはあっても、なかなか時間をとることができず、、、業者を探しても弊社以外に個人向けにやっている業者がない、或いは法人向けの高額の価格設定になっているという状況のようです。

うちのスタジオに友人と一緒にやって来て、技術者に直接指示をして、思い通りの映像ができあがってくるとみな喜んでくださいます。

私にとっても、うれしいことがたくさんあります。

人を喜ばせるために作っている現場に居ると、自分も幸せな良い気分になる

<法人オンリーだったのが個人のお客様ができる。制作の楽しさや
ヒーローガレージのことを個人のかたに知ってもらうことができる>

<余興用映像の性質上リピーターは居なくてもネットでの集客なので毎月の売上の見込みがたつ>

 創業15年目にヒーローガレージに新たなコンセプトが加わりました。

それは、「お客様に近いところで、人が喜ぶものを作る」のです。

このコンセプトをもとに、【立会い】【制作支援】のキーワードで新たな事業をまだまだたくさん立ち上げられます。面白くなってきました!


 私にとって最大の喜びは、お客様に信頼してもらうこと、人が喜んでいる顔を見ることです。
一緒に働いてくださる仲間への細かなケアも忘れずに、この制作の仕事に命を懸けて取り組んでいきたいと考えています。


【メディア掲載履歴】

●1999年    

・ ハイパーSOHOワーカーがクライアントとよりよい関係を築くヒントを伝授!
 (4月20日発行『お金の学校』バウハウス)
・ Super SOHO~年500万円以上稼ぐ秘密を明かす~
 (7月12日発行『サリダ』学生援護会)
・発注側から見たSOHO採用の条件について考える
 (10月6日配信『Atelier Cosmos"SOHO情報局"NEWS 』)
・さて取引開始。円滑に仕事を進めるコツとは?
 (11月21日配信『Atelier Cosmos"SOHO情報局"NEWS 』)
・トヨタITS活用し完成車輸送を合理化
 (12月3日朝刊『日本経済新聞』)
  ※ヒーローガレージのメンバーが開発に参加

●2000年    

・仕事を広げるサイト
  (『Net Runner』1月号 ソフトバンク)
・座談会「私たちのSOHOワーク」
 (5月1日発行『SOHO ハンドブック』キャリアネットワークジャパン)
・資金計画を立てる
 (8月25日発行『アントレ別冊「独立事典2000⇒01」』リクルート)
・おすすめ交流会100
 (11月15日発行『新版 人脈がいっぱい』中島孝志著 ダイヤモンド社)

●2001年    

・起業独立系・異業種交流会12
 (2月11日発行『アントレ別冊独立事典2001』リクルート)
・一人で400人もの外部スタッフを使いこなし、現在年商4200万円
 (『頭で儲ける時代』2001年3月号 あいであらいふ)
・ 社長の給料HOW MUCH?
 (『アントレ』4月号 リクルート)
・交流会レポート
  (『アントレ』6月号 リクルート)
・ 起業独立系・異業種交流会12
 (8月17日発行『アントレ別冊独立事典2001⇒02』リクルート)

●2002年    

・起業独立系・異業種交流会12
 (2月11日発行『アントレ別冊独立事典2002』リクルート)
・ 経営トップからのメッセージ
 (5月22日発行『B-ing』リクルート)
・ 起業独立系・異業種交流会12
 (8月5日発行『アントレ別冊独立事典2002⇒03』リクルート)
・ 立上げから企画・編集・制作・運営に関わった
  スターツ出版提供のiモードサイト『モバイルオズ』がクランプリ受賞
 (2002年7月『ケータイサイトオブザイヤー2002上半期』ゼイヴェル、
  デジタルストリート、ゆめみ主催)


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